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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1256号 判決

原告(反訴被告)

梶隆司

原告(反訴被告)

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

辻野知宜

原告(反訴被告)

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

葛原寛

右原告ら訴訟代理人弁護士

模泰吉

右復訴訟代理人弁護士

三原敦子

玉田誠

右原告ら訴訟代理人弁護士

大内ますみ

道上明

被告(反訴原告)

大田恭義

被告(反訴原告)

梶原勝法

被告(反訴原告)

川原一好

右三名訴訟代理人弁護士

筧宗憲

宮崎定邦

主文

一  原告(反訴被告)梶隆司は被告ら(反訴原告ら)に対し、別紙事故目録記載の交通事故につき、損害賠償債務(ただし物的損害についてのそれを除く。)を負わないことを確認する。

二  原告(反訴被告)同和火災海上保険株式会社は被告ら(反訴原告ら)に対し、別紙事故目録記載の交通事故につき、同原告(反訴被告)と被告(反訴原告)梶原勝法との間で昭和五九年五月二四日締結した搭乗者傷害保険契約に基づく保険金支払債務を負わないことを確認する。

三  原告(反訴被告)同和火災海上保険株式会社は被告(反訴原告)大田恭義に対し、別紙事故目録記載の交通事故につき同原告(反訴被告)と同被告(反訴原告)との間で昭和五八年一〇月二七日締結した団地保険契約に基づく保険金支払債務を負わないことを確認する。

四  原告(反訴被告)富士火災海上保険株式会社は被告(反訴原告)梶原勝法に対し、別紙事故目録記載の交通事故につき同原告(反訴被告)と同被告(反訴原告)との間で昭和五九年一月二七日締結した月掛住宅総合保険契約に基づく保険金支払債務を負わないことを確認する。

五  原告(反訴被告)富士火災海上保険株式会社は被告(反訴原告)川原一好に対し、別紙事故目録記載の交通事故につき同原告(反訴被告)と同被告(反訴原告)との間で昭和五八年一〇月一三日締結した月掛住宅総合保険契約に基づく保険金支払債務を負わないことを確認する。

六  反訴原告ら(被告ら)の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告ら(反訴原告ら)負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

Ⅰ  本訴事件について

一  原告(請求の趣旨)

1 主文第一項ないし第五項と同旨

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

Ⅱ  反訴事件について

一  反訴原告ら(請求の趣旨)

1 反訴被告梶隆司は、反訴原告大田恭義に対し金四八四万一〇九四円、反訴原告梶原勝法に対し金一九一万二五四五円、反訴原告川原一好に対し金一七〇万〇一九一円並びに右各金員に対する昭和五九年五月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 反訴被告同和火災海上保険株式会社は、反訴原告大田恭義に対し金四九六万八〇〇〇円、反訴原告梶原勝法に対し金一六四万円、反訴原告川原一好に対し金一六九万円並びに右各金員に対する昭和六〇年五月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3 反訴被告富士火災海上保険株式会社は、反訴原告梶原勝法に対し金一六四万円、反訴原告川原一好に対し金一二六万七五〇〇円並びに右各金員に対する昭和六〇年五月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

4 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

5 仮執行宣言

二  反訴被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1 反訴原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

Ⅰ  本訴事件について

一  原告ら(請求原因)

1 本件事故の発生

別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2 保険契約の締結等

(一) 原告同和火災海上保険株式会社(以下「原告同和火災」という。)は、被告梶原勝法(以下「被告梶原」という。)との間で、昭和五九年五月二四日、被告車両を被保険自動車とする搭乗者傷害保険契約を締結したが、右保険契約によれば、被保険自動車の搭乗者が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万五〇〇〇円、同じく通院した場合には通院一日につき金一万円の保険金を支払うこととなっている。

(二) 原告同和火災は、被告大田恭義(以下「被告大田」という。)との間で、昭和五八年一〇月二七日、被告大田を被保険者とする団地保険契約を締結したが、右保険契約によれば、被告大田が交通事故その他の事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万二〇〇〇円、同じく通院した場合には通院一日につき金八〇〇〇円の保険金を支払うこととなっている。

(三) 原告富士火災海上保険株式会社(以下「原告富士火災」という。)は、被告梶原との間で、昭和五九年一月二七日被告梶原を被保険者とする月掛住宅総合保険契約を締結したが、右保険契約によれば、被告梶原が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万五〇〇〇円、同じく通院した場合には一日につき金一万円の保険金を支払うことになっている。

(四) 原告富士火災は被告川原一好(以下「被告川原」という。)との間で、昭和五八年一〇月一三日、被告川原を被保険者とする月掛住宅総合保険契約を締結したが、右保険契約によれば、被告川原が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万一二五〇円、同じく通院した場合には一日につき金七五〇〇円の保険金を支払うこととなっている。

3 被告三名は、本件事故により傷害を受けたとして、それぞれ入・通院しているところ、本件事故は軽微な接触事故であって、被告車両の損傷は右前部側方部分にわずかの凹損をとどめる程度であるから、本件事故により被告ら主張の傷害が発生するはずがない。

仮にそうでないとしても、本件事故により被告らが入・通院を必要とする傷害を受けるはずがない。

また、本件事故による損害金として、原告車両の付保先である東京海上火災保険株式会社から、被告大田は金四〇万円被告梶原は金四〇万円、被告川原は金八〇万円を受領しているところ、仮に被告らになんらかの損害が発生したものとしても、右損害は右受領金を上回るものではない。

4 被告らは、右原告らの主張を争っている。

よって、原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり、債務不存在確認を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

請求原因1、2、4の各事実はいずれも認める。

三  被告ら(抗弁)

1 本件事故の発生

本件事故が発生した。

2 原告梶の責任原因

同原告は、右後方の安全を確認することなく原告車両を発進・進行させた過失により本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により被告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3 保険契約の締結等

(一) 原告同和火災は、被告梶原勝法(以下「被告梶原」という。)との間で、昭和五九年五月二四日、被告車両を被保険自動車とする搭乗者傷害保険契約(以下「搭乗者保険契約」という。)を締結したが、右保険契約によれば、被保険自動車の搭乗者が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万五〇〇〇円、同じく通院した場合には通院一日につき金一万円の保険金を支払うこととなっている。

(二) 原告同和火災は、被告大田との間で、昭和五八年一〇月二七日、被告大田を被保険者とする団地保険契約(以下「団地保険契約」という。)を締結したが、右保険契約によれば、被告大田が交通事故その他の事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万二〇〇〇円、同じく通院した場合には通院一日につき金八〇〇〇円の保険金を支払うこととなっている。

(三) 原告富士火災は、被告梶原との間で、昭和五九年一月二七日、被告梶原を被保険者とする月掛住宅総合保険契約(以下「月掛保険契約」という。)を締結したが、右保険契約によれば、被告梶原が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万五〇〇〇円、同じく通院した場合には一日につき金一万円の保険金を支払うこととなっている。

(四) 原告富士火災は被告川原との間で、昭和五八年一〇月一三日、被告川原を被保険者とする月掛住宅総合保険契約を締結したが、右保険契約によれば、被告川原が交通事故による傷害で入院した場合には入院一日につき金一万一二五〇円、同じく通院した場合には一日につき金七五〇〇円の保険金を支払うこととなっている。

4 受傷及び治療経過

(一) 被告大田

同被告は、本件事故により傷害を負い、昭和五九年五月二七日、頭部・頸部の傷病名で中井診療所に、外傷性頸椎症の傷病名で伊藤外科病院にそれぞれ通院し、同月一八日から同年一一月一日まで一五八日間、頸部捻挫、腰椎捻挫、両肩打撲症、頭部打撲症の傷病名で神明病院に入院し、その後、同月二日から昭和六〇年三月二七日まで(実治療日数三八日)同病院に通院して治療を受けた。

(二) 被告梶原

同被告は、本件事故により傷害を受け、昭和五九年五月二六日、頸部・腰部打撲の傷病名で中井診療所に通院し、同月二七日、伊藤外科病院に通院し、同月二八日から同年八月二三日まで八八日間、外傷性頸椎症、腰椎挫創、左膝・右肘関節部挫傷の傷病名で伊藤外科病院に入院し、同月二三日から同年一二月一二日まで(実治療日数三〇日)、頸部・腰部捻挫、左膝部打撲の傷病名で神戸労災病院に通院して治療を受けた。

(三) 被告川原

同被告は、本件事故により傷害を受け、昭和五九年五月二六日、頸部・腰部打撲の傷病名で中井診療所に通院し、同月二七日、外傷性頸肩腕症候群、後頭部挫傷、腰椎捻挫の傷病名で伊藤外科病院に通院し、同月二八日から同年六月八日まで一二日間、頸椎・腰椎捻挫の傷病名で神明病院に入院し、同月九日から同年八月二三日まで七六日間、外傷性頸椎症、後頭部挫傷、腰椎捻頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷病名で伊藤外科病院に入院し、同月二八日から同年一二月一二日まで(実治療日数三五日)、外傷性頸椎症、後頭部挫傷、腰椎捻頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷病名で神戸労災病院に通院して治療を受けた。

5 損害

被告らが、本件事故により被った損害は次のとおりである。

(一) 被告大田 金四八四万一〇九四円

(1) 入院治療費 金二五四万六九九〇円

昭和五九年五月二八日から同年一二月三一日の間のもの。

(2) 車両修理費 金七万二八三〇円

(3) 休業損害 金一〇三万一二七四円

(4) 入・通院慰謝料 金一〇四万円

(5) 弁護士費用 金一五万円

(二) 被告梶原 金一九一万二五四五円

(1) 休業損害 金七九万二五四五円

(2) 入・通院慰謝料 金九七万円

(3) 弁護士費用 金一五万円

(三) 被告川原 金一七〇万〇一九一円

(1) 休業損害 金五八万〇一九一円

(2) 入・通院慰謝料 金九七万円

(3) 弁護士費用 金一五万円

6 保険金請求

各保険契約に基づき、被告らの有する保険金債権は次のとおりである。

(一) 被告大田(原告同和火災に対する保険金) 金四九六万八〇〇〇円

(内訳)

(1) 搭乗者保険契約分(原告同和火災に対するもの。)入院一五八日分(一日一万五〇〇〇円) 金二三七万円

通院三九日分(一日一万円) 金三九万円

(2) 団地保険契約分(原告同和火災に対するもの。)

入院一五八日分(一日一万二〇〇〇円) 金一八九万六〇〇〇円

通院三九日分(一日八〇〇〇円) 金三一万二〇〇〇円

(二) 被告梶原

原告同和火災に対する保険金 金一六四万円

原告富士火災に対する保険金 金一六四万円

(内訳)

(1) 搭乗者保険契約分(原告同和火災に対するもの。)

入院八八日分(一日一万五〇〇〇円) 金一三二万円

通院三二日分(一日一万円) 金三二万円

(2) 月掛保険契約分(原告富士火災に対するもの。)

入院八八日分(一日一万五〇〇〇円) 金一三二万円

通院三二日分(一日一万円) 金三二万円

(三) 被告川原

原告同和火災に対する保険金 金一六九万円

原告富士火災に対する保険金 金一二六万七五〇〇円

(内訳)

(1) 搭乗者保険金契約分(原告同和火災に対するもの。)

入院八八日分(一日一万五〇〇〇円) 金一三二万円

通院三七日分(一日一万円) 金三七万円

(2) 月掛保険契約分(原告富士火災に対するもの。)

入院八八日分(一日一万一二五〇円) 金九九万円

通院三七日分(一日七五〇〇円) 金二七万七五〇〇円

7 結論

以上のとおり、不法行為に基づき、原告梶に対し、被告大田は金四八四万一〇九四円、被告梶原は金一九一万二五四五円、被告川原は金一七〇万〇一九一円の各損害賠償債権を有し、かつ、前記各保険契約に基づき、原告同和火災に対し、被告大田は金四九六万八〇〇〇円、被告梶原は金一六四万円、被告川原は金一六九万円の、原告富士火災に対し、被告梶原は金一六四万円、被告川原は金一二六万七五〇〇円の各保険金債権を有するから、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

四  原告ら(抗弁に対する認否)

1 抗弁1ないし3の各事実は認め、その余の抗弁事実は争う。

2 被告らの治療経過及びその不自然さについて

被告らの主張する傷害は、いずれも被告らの愁訴のみに基づき他覚的所見なしに診断名が付されたものであり、いずれも時間の経過とともに傷病名が増加するという創傷治療経過と逆の現象を示しているほか、次のとおり、治療経過に不自然さが見られるから、被告らの傷害の発生は否定されるべきである。

(一) 被告大田

同被告の中井診療所及び伊藤外科病院における治療経過に鑑みると、同被告の受傷は軽症と判断される。神明病院における入院中の頻繁な外出、外泊状況に鑑みると、安静保持もなされておらず、入院治療の必要性はなかったものというべきである。

同被告は、事故状況について、頭部をピラーで打ちつけ両肩もどこかにぶつけた旨供述するが、同被告は被告車両の運転者であったから、事故直前には本件衝突を予測して防御姿勢をとったはずであり、同被告の右供述は不自然である。

(二) 被告梶原

同被告の中井診療所における治療経過に鑑みると、同被告の受傷は軽傷と判断される。伊藤外科病院における入院中の頻繁な外出、外泊状況に鑑みると、入院治療の必要性はなかったものというべきである。

また、同被告は、昭和五七年七月五日発生の交通事故による受傷について、昭和五八年二月二〇日ころまで治療を受け、同日ころ、症状固定により後遺障害等級一二級一二号の認定を受けている。右過去の交通事故による受傷と本件事故後の治療との間には関連性があるものと思われる。

同被告は、事故状況について、右膝をダッシュボードにぶつけたと当初は供述しながら、後に左膝もぶつけたかも知れないと供述を変更し、神戸労災病院では両膝が痛いと告げた旨供述するが、診療録の記載によると、伊藤外科においては右膝挫傷と、神戸労災病院においては左膝部打撲と完全に負傷箇所が入れ替わっており不自然である。

(三) 被告川原

同被告の中井診療所における治療経過に鑑みると、同被告の受傷は軽症と判断される。神明病院及び伊藤外科病院における入院中の頻繁な外出、外泊状況に鑑みると、入院治療の必要性はなかったものというべきである。

また、同被告は、昭和五七年一〇月一日発生の交通事故による受傷について、昭和五八年八月一〇日ころまで治療を受け、そのころ、頸部の後遺症につき症状固定により後遺障害等級一二級一二号の認定を受け、さらに、昭和五八年一〇月一三日発生の交通事故による受傷について、昭和五九年五月二六日ころまで治療を受け、そのころ、腰椎の後遺症につき症状固定により後遺障害等級一四級一〇号の認定を受けている。右過去の複数の交通事故による受傷と本件事故後の治療との間には関連性があるものと思われる。

同被告は、伊藤外科及び神戸労災病院において後頭部挫傷と診断されているが、各本人尋問においては打ったのは額だけであると供述しており不自然であり、細胞組織の損傷である後頭部挫傷が同被告に発生するはずがない。

3 搭乗者保険契約、団地保険契約及び月掛保険契約に基づく保険金はいずれも①交通事故により傷害を受けたこと、②傷害の治療のため入院若しくは通院をしたことを要件として給付されるものであるところ、本件事故により被告らに傷害は発生していないことは、本件事故の発生状況・その際の被告らの身体の動き・被告らの身体に加わった外力の程度・症状経過等を詳細に検討したうえで被告らの受傷の可能性を否定した鑑定書面(甲第一四号証)により明らかであるから、被告らの本件保険金請求はいずれも理由がない。

五  原告梶(再抗弁)

本件事故は、原告梶が原告車両を発進させる際、前方に客待ちのタクシーが停車していたため、右の方向指示器を出して、右前方へ発進したところ、約九メートル前進した地点で、右側後方から直進してきた被告大田運転の被告車両の左前部と原告車両の右側面部が衝突した事故である。被告大田には、原告車両が方向指示器を出して発進しようとしているのを一旦認めながら、左右の他車両に気を取られ前方の注視を怠った過失がある。

仮に、本件事故により被告らがなんらかの損害を被ったとしても、本件損害賠償額の算定にあたっては、右被告大田の過失が斟酌されるべきである。

六  被告ら(再抗弁に対する認否)

再抗弁は争う。原告梶は右方向指示器を出していない。

七  被告らの反論

1 原告らは、本件事故が軽微な接触事故であった旨主張するが、時速二〇キロメートル以上の速度で被告車両は原告車両に衝突しているのであるから、衝突の衝撃は決して軽微とはいえない。

2 証人小嶋享の証言及び同人作成の鑑定書(甲第一四号証)は、衝撃加速度が三G以上なければ頸椎捻挫は生じないことを前提として、本件事故の衝撃の程度は、衝突地点から停止地点までの平均加速度が〇・四Gないし〇・八Gであるから頸椎捻挫が被告らに生じるはずがないとするが、本件事故においては、衝突から停止に至るまでは一・六〇秒ないし一・〇八秒の時間の経過があるところ、その間の加速度の急激な変化を無視して平均加速度を算出して、これに基づき頸椎捻挫が生じないとするのは正しくない。本件の衝撃は、瞬間加速度としては少なくとも平均加速度の二倍の〇・八Gないし一・六Gと推定されるべきものであるところ、自動車工学の専門家である江守一郎の別件事件における鑑定書(乙第九号証)によれば、三Gなる限界数値は、あらかじめ加速することが予測された状態における実験結果によるものであり、そうでない場合は、一・一G程度の加速度でも頸椎捻挫が生じる可能性がある。

Ⅱ  反訴事件について

一  反訴原告ら(反訴請求原因)

1 本訴事件の抗弁1(第二・Ⅰ・三・1)欄記載のとおり。

2 同2(第二・Ⅰ・三・2)欄記載のとおり。

3 同3(第二・Ⅰ・三・3・(一)ないし(四))欄記載のとおり。

4 同4(第二・Ⅰ・三・4・(一)ないし(三))欄記載のとおり。

5 同5(第二・Ⅰ・三・5・(一)ないし(三))欄記載のとおり。

6 同6(第二・Ⅰ・三・6・(一)ないし(三))欄記載のとおり。

7 結論

よって、不法行為による損害賠償請求権に基づき反訴被告梶に対し、反訴原告大田は金四八四万一〇九四円、反訴原告梶原は金一九一万二五四五円、反訴原告川原は金一七〇万〇一九一円と右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年五月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、搭乗者保険契約及び団地保険契約による保険金請求権に基づき、反訴被告同和火災に対し、反訴原告大田は金四九六万八〇〇〇円、反訴原告梶原は金一六四万円、反訴原告川原は金一六九万円と右各金員に対する履行期後である昭和六〇年五月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、月掛保険契約による保険金請求権に基づき、反訴被告富士火災に対し、反訴原告梶原は金一六四万円、反訴原告川原は金一二六万七五〇〇円と右各金員に対する履行期後である昭和六〇年五月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴被告ら(反訴請求原因に対する認否)

本訴事件の抗弁に対する認否(第二・Ⅰ・四・1、2、3)欄記載のとおり。

三  反訴被告ら(反訴抗弁)

本訴事件の再抗弁(第二・Ⅰ・五)欄記載のとおり。

四  反訴原告ら(反訴抗弁に対する認否)

本訴事件の再抗弁に対する認否(第二・Ⅰ・六)欄記載のとおり。

五  反訴原告らの反論

本訴事件の被告らの反論(第二・Ⅰ・七)欄記載のとおり。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴事件について

一請求原因1、2(一)ないし(四)、4の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について検討する。

抗弁1(本件事故の発生)、同2(本件事故についての原告梶の責任原因)、同3(一)ないし(三)(搭乗者保険契約、団地保険契約、月掛保険契約の各締結)の各事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、本件事故により、被告らに傷害が生じ、その主張の入・通院を余儀なくされたのであれば、原告梶は、不法行為に基づきその損害を、原告同和火災、同富士火災は、右各保険契約に基づき各保険金を支払う義務があることになる。

三被告らの受傷の有無

そこで、被告ら主張のとおり、被告らが本件事故により受傷し、そのため入・通院を余儀なくされたものであるか否かについて検討する。

1  本件事故状況

〈証拠〉によれば、被告大田は、助手席に被告梶原を、右後部座席に被告川原を各乗車させて、被告車両を運転して、時速約二〇キロメートルの速度で、客待ちのタクシー等により渋滞気味の本件事故現場道路を南から北に向け、進行していたこと、右道路は西側にタクシーが客待ちのため二重停車するなどしており、車両が二台やっと並進できる状態であったこと、被告大田は、左斜め前方の客待ちのタクシー二台の間に、右方向指示器を点滅させ停止中の原告車両をその左斜め前方約一六・七メートルの地点に認めたがそのまま進行を続け、その前方約四・三メートルの地点に至って、南から北に向け右斜め方向に時速約一〇キロメートルの速度で進行してくる原告車両を認め、急制動の措置をとったが間に合わず、被告車両の左前部角と原告車両の右後部側面部とが接触・衝突し、原告車両は約二メートル、被告車両は約四・五メートル各前進して停止したこと、被告車両は右衝突によりやや右に進路をかえつつ前進したこと、原告は、原告車両に友人の滝要、福井伸幸の二名を乗車させて帰宅途中であったこと、本件事故により、被告車両は右前部バンパー及びフェンダー等が凹損し、原告車両は右側面部が擦過・凹損したこと(擦過痕の始まりは右側面後部車輪の上付近、擦過・凹損の終わりは右運転席ドア前方付近である。右ドアの凹損が相対的に激しい。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告車両乗員の傷害の不存在

〈証拠〉によれば、本件事故により、原告を含む原告車両の乗員三名は傷害を負わなかったことが認められる。

3  〈証拠〉によれば、衝突時の衝撃、事故時の動静、負傷状況及び症状についての各被告の供述は、次のとおりである。

(一) 被告大田

事故の衝撃によりフロントガラスと窓との間のピラーで右側頭部を打撲し、ブレーキとアクセルとの間で右足を挾み捻った。右肩もどこかで打った。

実況見分後頭痛がして吐きそうになった。中井診療所では頭痛を訴え、頭を打ったとしか言っていないと思う。伊藤外科及び神明病院でも同様である。神明病院入院後、二、三日してから腰が痛くなり肩が張り出した。退院後の症状は入院時とあまり変わらず、首と肩がものすごくだるい。

(二) 被告梶原

本件事故当時、右足を上にして足を組み、右後方を振り向いて、シートベルトは着用せず、右後部座席の被告川原と話をしていた。事故の衝撃により、カウンターで右足を打撲し、首と腰を捻った。事故の瞬間に首、右手、腰、足に痛みを感じ、その後、頭痛・吐き気がした。

中井診療所で右肘の診察を受けたかどうかは記憶がない。打撲したのは右足だけと思っていたが、後で考えると左足も打った可能性はないとはいえない。どうしても右足を庇うため左足も痛くなる。手足は身体を捻ったことにより座席で打った。

(三) 被告川原

事故当時、左足を上にして足を組み左斜め前方を見ながら被告梶原と話をしていた。事故の衝撃により前のめりになり、額を運転席背もたれ上部で打ち、反動で後ろに仰向けになった。首・腰は捻った感じだが、手足は打撲していない。打撲部位は額のみである。現場で三、四度おう吐した。

中井診療所ではどのような訴えをしたかは記憶がない。伊藤外科では、頭を打って首と腰が痛いと言った。神明病院でも同様である。

4  入・通院・治療状況

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 警察官が事故現場に到着したころから身体の不調を訴えだした被告梶原と同川原は、タクシーで中井診療所に赴き、事故当日の午後一一時五〇分ころ同診療所医師の診察を受け、実況見分を終えてから同診療所に赴いた被告大田は、翌二七日午前一時ころ同診療所医師の診察を受けた。

(二) 被告三名は、昭和五九年五月二七日、連れ立って伊藤外科で診察を受けた。

(三) 被告大田は、被告川原とともに、昭和五九年五月二八日、神明病院で診察を受け、同日から同年一一月一日まで一五八日間同病院に入院し、その後、同月二日から昭和六〇年三月二七日まで(実通院日数三〇日)同病院に通院した。

(四) 被告梶原は、同月二八日から同年八月二三日まで八八日間伊藤外科に入院し、同月二五日から同年一一月三〇日まで同外科に(実通院日数四七日)、同年八月二五日から同年一二月一二日まで神戸労災病院に(実通院日数二九日)各通院した。

(五) 被告川原は、同年五月二八日から同年六月八日まで一二日間神明病院に入院し、同日同病院を退院して伊藤外科に転入院し、同日から同年八月二三日まで七七日間伊藤外科に入院し、同月二四日から同年一一月三〇日まで伊藤外科に(実通院日数二八日間)、昭和五九年八月二八日から同年一二月一二日まで神戸労災病院に(実通院日数三六日間)各通院した。

(六) 中井診療所、伊藤外科、神明病院及び神戸労災病院の各診療録には、被告らの傷病名、主訴、症状等として、次のとおりの記載がある。

① 被告大田

イ 中井診療所  傷病名 頸部頭部打撲

頸部・肩緊張、鈍痛、吐き気プラス。

意識清明、顔色良好。側頭部打撲、骨膜血腫・頭痛マイナス。

ロ 伊藤外科  傷病名 頸椎捻挫。

X線撮影をし、警察用の診断書(加療一四日の見込み)を作成したとの記載以外の記載はみられない。

ハ 神明病院  傷病名 頸椎捻挫・腰椎捻挫・両肩打撲傷・頭部打撲傷。

頭部・頸部・背部・腰部・両肩を打撲。両手挙上不可。背部痛2プラス、頸・腰部痛プラス、自律神経症状・スパーリングテストプラス、耳鳴り。

初期安静加療、慢性期に移行後、物療・注射加療するも、なお後頭部痛・左肩痛著明

② 被告梶原

イ 中井診療所  傷病名 頸部・腰部打撲

頸部と腰部に鈍痛あり。右肘を打撲したが関節可動域完全、腫張・変形マイナス、吐き気・頭痛プラス。意識清明、顔色良好

ロ 伊藤外科  傷病名 外傷性頸椎症・腰椎捻挫・右肘右膝挫傷

主訴 後頭部痛・項痛高度にして腰痛、右膝・右肘の腫張・疼痛。

X線撮影にて頸椎四番五番間に頸椎不安定像、ややずれあり。腰椎・膝関節異常なし。

ハ 神戸労災病院  傷病名 頸部捻挫・腰部捻挫・左膝部打撲

主訴 吐き気、腰痛

現在、腰痛・右上肢痛が強く、常に吐き気あり。左膝打撲したので左膝痛あり。歩行中ふらふらする。

検査所見 上腕中央部に圧痛、後屈痛、腰椎右側に圧痛・知覚障害。その他スパーリングテスト等検査所見に異常なし。

③ 被告川原

イ 中井診療所  傷病名 頸部・腰部打撲

頸部と腰部に鈍痛、吐き気マイナス。意識清明、顔色良好。

ロ 伊藤外科  傷病名 外傷性頸椎症・後頭部挫傷・腰椎捻挫

主訴 頑固なる腰痛(以前に腰椎すべり症を残す)、項痛

X線所見にて、頸椎正常。頸椎五番・腰椎一番間に狭小化がみられる(腰椎すべり症全体に化骨形成し固定)。

ハ 神明病院  傷病名 頸椎捻挫・腰椎捻挫・頭部外傷Ⅰ型

現病歴 頭部・頸部・腰部打撲、頸部・腰部痛

ニ 神戸労災病院  傷病名 頸椎捻挫・腰椎捻挫

主訴 頸部痛、腰部痛

現病歴 頭痛、頸部痛、腰痛、両下肢放散痛、おう吐・両下肢シビレ・排尿障害プラス

X線所見 腰椎五番に骨棘形成

検査所見 可動性良好、右側屈痛、右肩甲中央・腰部に圧痛

5  本件事故前の事故ないし既往症

① 被告大田

〈証拠〉によれば、被告大田は、昭和五六年一一月二八日、兵庫県明石市内で第一種原付バイクに乗車中、普通乗用自動車と側面衝突する交通事故により、左下腿擦過挫傷(腓腹筋断裂)・右手関節部打撲・左下腿前脛骨神経麻痺の傷害を負い、右傷害は、昭和五八年一一月八日、握力低下(右一三キログラム。左四〇キログラム)、右手指の企図しんせん(ふるえのため字がうまく書けない)、左下腿前面の知覚鈍麻の後遺症(自賠法施行令別表第一四級相当と判断され、同被告は、右等級による自賠責後遺症保険金の支払を受けた。)を残して症状固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

② 被告梶原

〈証拠〉によれば、被告梶原は、昭和五七年七月五日、神戸市内において、普通乗用自動車を運転中、普通乗用自動車と側面衝突する交通事故により、外傷性頸椎症・腰椎捻挫の傷害を負い、右傷害は、昭和五八年二月二〇日、頭痛・腰痛・めまい・吐き気等の頑固な神経症状(自賠法施行令別表第一二級相当と判断され、同被告は、右等級による自賠責後遺症保険金の支払を受けた。)を残して症状固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

③ 被告川原

〈証拠〉によれば、被告川原は、昭和五七年一〇月一日、神戸市内において、普通乗用自動車を運転中、普通貨物自動車から追突され、右交通事故により、後頭部挫創、外傷性頸椎症の傷害を負い、右傷害は、昭和五八年八月一二日、頭痛・吐き気・めまい等の神経症状(自賠法施行令別表第一四級相当と判断され、同被告は、右等級による自賠責後遺症保険金の支払を受けた。)を残して症状固定したこと、その後、被告川原は、昭和五八年一〇月一三日、神戸市内において、普通乗用自動車を運転中、普通貨物自動車と正面衝突し、右交通事故により、外傷性頸椎症・腰椎捻挫等の傷害を負い、右傷害は、昭和五九年五月一九日、頭痛・吐き気・めまい・腰痛等の神経症状(腰部の神経症状につき自賠法施行令別表第一四級相当と判断され、同被告は、右等級による自賠責後遺症保険金の支払を受けた。)を残して症状固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

6  小嶋鑑定所見

〈証拠〉によれば、広島大学医学部小嶋亨教授(法医学専攻)は、昭和六三年四月一八日、原告代理人弁護士から「本件事故により被告らに傷害が発生する可能性があるか否か、仮にあるとすれば、本件事故と因果関係のある治療期間いかん」との鑑定事項について鑑定を求められ、昭和六三年六月三日付で「本件事故によって被告らいずれについても診断書・診療録に各記載された傷害が発生するはずはない。被告らについては詐病と認められ、各医療機関の医師の各診断は誤診と認められる」旨を結論とする鑑定書と題する書面(甲第一四号証)を同代理人に提出したこと(鑑定書並びに証人小嶋亨の証言による同人の意見を以下「小嶋所見」という。)、小嶋所見は、提供された資料(一部本件証拠には提出されていない資料を含む。ただし、右本件証拠に提出されていない資料を除いても同所見が前提とした事実は概ね認定可能であるものと認める。)に基づき、本件事故の発生状況、関係車両の動き、関係車両の重量、関係車両の損傷状況について事実を確定した後、関係者の動き及び関係者の負傷状況(原告車両搭乗者には傷害不発生。被告らはいずれも負傷したとして入・通院し、診断書や診療録には被告らが傷害の治療を受けた旨の記載がみられるが、他覚的所見はほとんどなく、愁訴に基づく診断であること等)、被告らの受傷状況・症状経過等に関する供述には不自然な点が多々みられること等を詳細に指摘していること、そして、診療録等の記載中の被告らの傷病名のうち、頸椎捻挫(外傷性頸椎症・頸部捻挫も同様)を除くものについては、診療録・診断書の記載自体の矛盾(通常の創傷治癒経過とは逆に傷病名が時間の経過とともに増加していること、初診の中井診療所の診療録に記載のない挫傷等が後の診療録らには存在するものとされていること等診断書・診療録中の記載は被告らの訴えのみによってなされたものと推定されることのほか数多くの点を指摘している。)、事故状況(本件事故により乗員にはやや左前のめりとなる力が作用したはずであるから、被告大田には、運転席ピラーに右側頭部を打ち付ける動きは発生しないことなど)等から明らかにその存在は否定されるとし、頸椎捻挫(外傷性頸椎症・頸部捻挫)については、打撲によるそれは、打撲自体が認めがたいものであるうえ、仮に打撲が加わったものとしても頸椎捻挫を生じるほどのものでなかったと認められるとし、さらに鞭打ち運動による頸椎捻挫発生の可能性については、本件事故により衝突後停止するまでの間被告車両に加わった平均加速度(減速度)を〇・四G(被告車両が時速二〇キロメートルの速度で走行していたとした場合)ないし〇・八G(同じく時速三〇キロメートルで走行していたとした場合)と計算し、他方、被告らに頸椎捻挫を発生せしめるような鞭打ち運動が発生するためには通常三G程度の加速度が加わることが必要であるから、本件の場合、被告らに頸椎捻挫が発生するはずはないとし、結局、被告らには本件事故により治療を要するような傷害は発生していないと断定していることが認められる。

四右認定事実を前提に検討する。

1 本件事故による衝撃の程度については、前記関係車両の損傷の状態によると、さほど強度のものであったとは窺われない。その平均加速度(減速度)は、被告車両の衝突時の速度を時速約二〇キロメートルとして算出すべきものであるから、小嶋鑑定書中の計算によると、〇・四G程度と認められる(要するに、被告車両には、時速約二〇キロメートルの速度で走行中、その左前部に原告車両が接触・衝突し、右衝撃とブレーキ措置により、約四・五メートルやや右前方に進行して停止する程度の衝撃が加わったものである)。右加速度(減速度)は衝突から停止時までの平均加速度(減速度)であるところ、小嶋所見は、不意の後屈と加速度との関係についての実験報告に基づき、平均加速度三G程度以上でなければ、後屈ないし前屈により頸椎捻挫は生じないとし、本件で加わった負の加速度は、右下限加速度三Gよりはるかに低いから、被告らに頸椎捻挫を発生させるような鞭打ち運動は生じるはずがないと鑑定している。

被告ら代理人は、衝突から停止に至るまで一・六ないし一・〇八秒の時間の経過のある本件事故について、その間に被告車両に加わった急激な加速度の変化を無視して、その間の平均加速度を算出し、右数値に基づき被告らに頸椎捻挫が生じないとする小嶋所見は正しくないと主張し、本件事故において被告車両に加わった最大(瞬間)加速度(減速度)は平均加速度の二倍にあたる〇・八Gないし一・六Gと推定すべきであり、しかも、小嶋所見が下限加速度三Gの根拠とした実験は、あらかじめ被験者が加速を予期していた場合の実験であるから、そうでない場合は、最大(瞬間)加速度一・一G程度でも頸椎捻挫が生じる可能性は否定できない旨の成蹊大学工学部教授江守一郎の別件事件の鑑定書(乙第七号証)の記載部分を援用する。

前認定のとおり、本件において、被告車両に加わった平均加速度(減速度)は〇・四G程度と認められるところ、前掲乙第八号証の前記江守一郎教授の見解によると、最大加速度(減速度)は、平均加速度(減速度)の約二倍になるとされるから、被告車両に加わった最大加速度(減速度)は〇・八G程度となる。そして、前記江守一郎教授の見解によると、最大(瞬間)加速度(減速度)一・一Gが加わったときに頭が後方に回転する態様は、人間を平らな板の上に上向きに寝かせて、頭を支えている部分を急に外したときに頭が下に回転するのと同じ程度であり、事故を全く予期しない場合は、前記平均加速度三Gよりも小さい数値でも軽い頸椎捻挫が生じる可能性は否定できないとされる。

本件のごとく、最大(瞬間)加速度(減速度)が〇・八G程度と認められる場合について、小嶋所見によると頸椎捻挫が生じず、他方、江守所見によると、一・一Gの場合はその可能性は否定できないというのであるが、〇・八Gの本件の場合の所見は明らかでない。

しかしながら、いずれの所見によっても、本件事故による衝撃は、その衝撃力自体の強さのみから、頸椎捻挫が生じるものではないと断言できるか否かはともかくも、さほど強度のものではないというべきである。もっとも、被告大田については、前記のとおり、本件事故の衝突前に衝突を予期していたものと認められるから、江守所見に基づいても、この程度の衝撃力では頸椎捻挫は生じないものと認めるのが相当である。

以上のとおり、本件事故の衝撃力の検討によると、被告大田については、その衝撃力自体から頸椎捻挫を生じるような鞭打ち運動が同人に生じたものとは認めるに足らないが、被告梶原同川原については、本件事故の衝撃力のみからはそのように断定するには必ずしも十分でないというべきである。

2 前認定のとおり、事故直後被告らを診察した中井診療所の医師の診療録の記載によると、頸部・頭部(被告大田)、頸部・腰部(被告梶原、同川原)各打撲の傷病名が付されてはいるが、右傷病名に対応する皮下出血・腫れ等の他覚的所見の記載は全くないこと(被告大田についての、「側頭部打撲、骨膜血腫マイナス」との記載は、「側頭部を打撲した旨訴えるが、骨膜血腫はない」旨の記載と、被告梶原についての「右肘を打撲したが関節可動域完全、腫張・変形マイナス」との記載は、「右肘を打撲した旨訴えるが、関節可動域は完全であり、腫張・変形もない」旨の記載と読み取れる。)伊藤外科、神明病院、神戸労災病院の各診療録中にも同様他覚的所見の記載はほとんどみられないこと(被告梶原につき、伊藤外科の診療録には「右肘右膝の腫張あり」との記載があるが、中井診療所の前記右肘腫張・変形マイナス」なる記載に照らし、右部位に右記載にそう腫張があったものとは認められない。)、前認定のとおり、被告らの傷病名中、各打撲の部位が時間の経過とともに増加し、あるいは変化していること、治療はほぼ物療のみに終始していること、被告梶原同川原の伊藤外科への入院につき、「ともかく痛いと訴えるので入院させた」旨の伊藤外科の医師である証人伊藤太郎の証言、被告大田の入院につき他覚的症状はあまりなく愁訴が多かった旨の神明病院の医師である証人原田益盛の証言を総合すると、各診療録、診断書中の傷病名や症状の記載は、被告らの愁訴のみ基づきなされたものと認めるのが相当である。そして、右伊藤・原田証言によると、医師にとっても、他覚的症状のない場合、右愁訴が虚偽であるか否かを区別することは難しく、あるいは医師としてむしろ患者の訴えを疑うことは避けるべきであるというのである。

3 本件事故時の衝撃、動静、負傷状況及び症状に関する被告らの供述の要旨は前記のとおりであるところ、右各供述には、虚偽部分ないし不自然な部分がみられる。これを例示すれば、次のとおりである。

① 被告大田について

本件事故の衝撃の方向・程度に照らすと、同供述の右前部ピラーで右側頭部を打撲するような衝撃を受けたものとは認めがたい。右肩打撲の訴えについても同様である。

② 被告梶原について

左膝を打撲したかいなかについて、あいまいな供述に終始している点(右足が痛かったため左足を庇い、ために左足も痛くなった旨供述するが、そうであれば、その旨の医師の聞取り記載がなされるはずである。)

③ 被告川原について

本件事故現場でおう吐したとする点(その旨の医師の聞取り記載が全くない。)

4  以上のとおり、被告らに他覚的症状があったものとは認めるに足りず、通常、他覚的症状の少ない頸椎捻挫、腰椎捻挫等の傷害についても、本件事故の態様、その衝撃の方向・程度、治療経過、原告車両乗員三名は本件事故によりいずれも受傷していないこと、被告らの供述の不自然さに加え、前認定のとおり、被告らには、それぞれ本件事故前に他の交通事故による後遺症が存在しているところ、右後遺症状は被告らに本件事故後も存在したものと認められること等前認定の諸事実を総合すると、各診断書・診療録中の傷病名ないし症状の記載は、被告らの愁訴のみによりなされたものというほかはなく、被告らに、本件事故により、少なくとも入・通院を必要とする傷害が生じたものと認める的確な資料となるものではないというべきであり、他に被告らが本件事故により入・通院を必要とする傷害を被ったとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

五本訴事件のまとめ

とすれば、その余の点につき判断するまでもなく被告らの抗弁は理由がないから、原告らの本訴請求はいずれも理由がある。

第二反訴事件について

一反訴請求原因1、2、3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そして、本訴事件の理由中に記載のとおり、本件全証拠によるも、反訴原告らが本件事故により同事故と相当因果関係のある傷害を被った事実を認めるに足りないから、反訴原告らの本件事故に基づく人的損害に関する損害賠償請求並びに保険金請求はいずれも理由がない。

三反訴原告大田の本件事故による車両修理費用の請求について

本件事故により反訴原告らが乗車していた車両が損傷を受けたことは本訴事件の理由中で認定のとおりであるけれども、前掲甲第一号証の五によれば、右車両の保有者は反訴原告梶原であると認められるうえ、右車両修理費用その他同車両が被った物損額を確定するに足りる証拠は全くないから、右物損に関する反訴原告大田の請求も理由がない。

四反訴事件のまとめ

以上のとおり、反訴原告らの各反訴請求はいずれも理由がない。

第三結論

以上の次第であるから、原告の(反訴被告ら)の本訴請求はいずれも理由があるからこれをそれぞれ認容し、反訴原告ら(被告ら)の反訴請求はいずれも理由がないからこれをそれぞれ棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官杉森研二)

別紙事故目録

一 発生日時  昭和五九年五月二六日午後一〇時五〇分ころ

二 発生場所  神戸市中央区加納町四丁目四番一七号先路上

三 原告車両  普通乗用自動車(神戸五八む四九〇三。以下「原告車両」という。)

右運転者原告梶隆司

四 被告車両  普通乗用自動車(神戸五六せ一二八八。以下「被告車両」という。)

右運転者被告大田恭義

右同乗者被告梶原勝法、同川原一好

五 事故態様  右道路上の西側路側に停車していた原告車両が右前方に発進したところ、右後方から直進してきた被告車両左前部と原告車両右側面部とが衝突した。

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